公文を辞めない理由|期待していたことと現実のギャップ

※この記事は、

現在も公文に通い続けている家庭の記録です。

辞めた結果ではなく、「辞めるか悩みながら続けている最中の正直な気持ち」を書いています。

公文を始めた理由

※この記事は、

現在も公文に通い続けている家庭の記録です。

辞めた結果ではなく、「辞めるか悩みながら続けている最中の正直な気持ち」を書いています。

4歳(年少)になったタイミングで、家庭でプリント学習を始めました。

七田式の「ちえ・もじ・かず」を、毎日それぞれ1枚ずつを目標に取り組んでいました。

最初は順調だったのですが、わが子はとにかくなぞり書きが苦手で、「ひらがなが分からないから嫌」と言う日が増えていきました。

次第にプリントに向かわなくなり、親子の言い合いも多くなりました。

「これは親が教えるのは無理だな…」と感じ、第三者に頼ろうと思ったのが公文でした。

ちょうど2週間(4回)の体験レッスンがあったので、深く考えず「とりあえず行ってみよう」という気持ちでした。

体験レッスンの前後だったと思いますが、どの教材から始めるかを決めるテストがありました。

そのテストを終えた後の子どもの表情が、とても輝いていたのです。

正直、その瞬間の顔は今でも忘れられません。

「こんな顔するんだ」と驚いたほどでした。

「公文する?」と聞くと、「する!」と即答。

こうして入会を決めました。

実際に通ってみて感じた良かった点

我が家はさんすう1教科から始めました。

もともと算数をやらせたかったこともありますし、ひらがなはほとんど読めない状態だったため、国語まで始めるのは少しもったいない気がしたからです。(1教科7,000円なので…)

教室では、幼児向け教材を主に見る先生と、全体を見ている先生の2人体制だったのが安心でした。

通い続ける中で、

・計算が定着してきた

・たし算をスラスラ解けるようになった

という成長は、確実に感じました。

思っていたのと違った点

一番感じたのは、進みが思った以上にゆっくりだということです。

始めてから2年が経った時点でも、まだたし算をしていました。

「これは先が長いな…」と正直思いました。

また、公文の教室はもっと静かで、みんな黙々と取り組んでいるイメージがありましたが、実際は想像以上に賑やかでした。

子どもは「お兄ちゃんが面白いことを言って笑わせてきたから、早くできなかった」と話していました。

※これは教室によると思います。

学年を超えた顔見知りができるのは良い面でもありますが、集中しにくいと感じる場面もありました。

そして、先生は万能ではありません。

先生だからといって、魔法の言葉でやる気を引き出せるわけではないと感じました。

やりたくない日は、1枚だけやって帰ることもありました。

宿題も本人の希望で2枚だけの日が何度もあり、正直「目の前を諭吉が飛んでいく…」と思ったこともあります。

「10枚できない日があってもいいから、1枚でもやろう」

そう言い聞かせて続けていました。

また、送迎は小学3年生くらいまでは必要だと感じました。

教室数が多く、家から近い場合も多いですが、実際は保護者が送迎している家庭が多かったです。

辞めるか迷い続けている理由

子どもの様子

宿題に対して癇癪を起こす日が増えました。

プリントをくしゃくしゃに丸めたり、泣きながら取り組んだり、「公文なんてなくなったらいいのに」と言うこともありました。

宿題を1枚に減らして様子を見ましたが、その分進みは遅くなり、

「なんで同じ問題ばっかりせなあかんの!」

と怒ることもありました。

親の思い

まだ年長。

親としては、せめて分数あたりまでは頑張ってほしい気持ちがあります。

たし算は定着し、スラスラできるようになってきました。

試行錯誤の末、

「朝に2枚、夜に3枚」

というペースが少しずつ定着してきました。

今は「もう少し頑張ってもらおう。様子を見よう」という状態です。

もし公文を辞めるとしたら、不安に思っていること

正直なところ、今すぐ「もう辞めよう」と踏み切れない一番の理由は、辞めた後の子どもの気持ちです。

宿題で癇癪を起こしたり、「公文なんてなくなればいいのに」と言ったりする一方で、

たし算がスラスラ解けたときは誇らしげな顔をします。

「さんすう、わかる」「できた」という感覚も、確実に育ってきていると感じています。

この状態で辞めてしまったら、

「勉強は嫌なもの」「最後までできなかった」

という印象だけが残ってしまうのではないか、という不安があります。

もう一つの不安は、公文を辞めた後に、家庭でどう学習を続けるかという点です。

公文は合う・合わないがはっきり分かれる習い事ですが、

「毎日プリントに触れる」「少しずつ積み重ねる」という仕組み自体は、とてもよくできています。

それを手放したとき、

親が同じように伴走できるのか。

また別の教材や習い事を探すことになるのか。

結局、親の負担がさらに増えるだけではないか。

そう考えると、簡単に「辞めよう」とは言えません。

今は、

  • 量を減らす
  • 無理をさせない
  • 進みの遅さを受け入れる

という形で折り合いをつけながら、様子を見ている段階です。

公文はどんな家庭に向いていると思うか(我が家の実感)

※あくまで一家庭の体験談として書きます。

公文は「家でコツコツできる子が向いている」と言われがちですが、

実際に通って感じたのは、子どもよりも、親に向き不向きがある習い事だということでした。

まず、公文が向いているのは、

  • 子どもの進みが遅くても焦らず待てる
  • 周りと比べないと決められる
  • 「今日は1枚だけ」でも良しとできる

こういったスタンスを保てる家庭だと思います。

公文の教材は、自分一人で進められるように作られていると言われますが、

幼児〜低学年のうちは親の関わりはほぼ必須です。

宿題の声かけ、気持ちの切り替え、できた時のフォロー。

それができない日も当然ありますし、

親の余裕がそのまま子どもに伝わる場面も多くありました。

一方で、

  • 早く結果を出したい
  • 学年をどんどん先取りしたい
  • 嫌がっていても「やるべきこと」と割り切りたい

こうした考えが強い家庭だと、

親も子も苦しくなりやすい習い事だと感じます。

公文は、

「今できるか」より「何年後か」を信じて続けられる家庭に向いている。

それが、我が家の正直な印象です。

公文を辞めるかどうか、まだ決めきれない親として思うこと

公文を続けるか、辞めるか。

正直、今も答えは出ていません。

癇癪を起こす日もあれば、

「さんすう分かる」と自信を見せる日もあります。

親としては、

「もう少し頑張ってほしい」という気持ちと、

「ここまでで十分なのでは」という気持ちの間を、行ったり来たりしています。

でも最近思うのは、

習い事は“続けたかどうか”で評価するものではないということです。

続けられたなら、それはそれで素晴らしい。

辞めたとしても、

その中で得た経験や感情が、無駄になるわけではありません。

大切なのは、

  • 子どもが今どんな表情で取り組んでいるか
  • 親がどれくらい余裕を持てているか

その2つを、ちゃんと見続けることだと思います。

我が家はまだ、決断の途中です。

辞めるかもしれないし、もう少し続けるかもしれません。

ただ一つ言えるのは、

「迷っている今」も、ちゃんと意味のある時間だということ。

この記録が、

同じように公文を続けるか悩んでいる方や、

これから習い事を始めようとしている親御さんの、

何か一つの参考になれば嬉しいです。